Amy Winehouse(エイミー・ワインハウス)
VIDEO
新宿のライブハウス 新宿グラムシュタイン のMazaharuです。 27歳の若さで亡くなったイギリスのシンガー・ソング・ライター:エイミー・ワインハウスを紹介します。 「6、7歳の時、カイリー・ミノーグ、マドンナに夢中だった。マドンナの『Immaculate Collection(邦題:ウルトラ・マドンナ~グレイテスト・ヒッツ)』は11歳くらいになるまで毎日聴いていた。その後ソルトン・ペッパーとTLCを発見したの。もう「ああ、なにこれ…これこそわたしの音楽だわ!」という感じだった。わたしと親友のジュリエットは生まれて初めてのバンド‘Sweet’n’Sour’を始めたの。ふたりはラッパーだったのよ。言うまでもなく、わたしは‘サワー’の方だったんだけどね」:本人談
音楽好きの両親の影響で幼少から音楽に携わっていたそうです。
14歳:演劇専門学校シルヴィヤ・ヤングで退学処分(ボディピアスやタトゥーを入れたことが原因?) その後、公立校に通うがすぐに中退
16歳:プロのミュージシャンを目指す
19歳:デビューアルバム「フランク」を制作(2003年リリース)数々のアワードにノミネートされ、特にイギリス本国で有名になっていく
2006年:「バック・トゥ・ブラック」をリリース
VIDEO
2007年:元音楽プロデューサーのブレイク・フィールダー・シビルと結婚
(ブレイクの影響でコカインやヘロインなどを使用し始める)
2008年:「バック・トゥ・ブラック」に収録の「リハブ」をシングル・リリース
全米チャートの9位まで上がり、グラミー賞で最優秀新人賞を始めとする5部門を受賞
VIDEO
「リハブ」
シングル「バック・トゥ・ブラック」が全米第2位になる ※「バック・トゥ・ブラック」のセールスは全世界1200万枚以上
2009年:オーバードースで呼吸停止に陥る
ブレイクと離婚
2011年5月:アルコール中毒を改善しようとリハビリ施設に入所 夏のヨーロッパツアーの為に体調を万全にしようと施設で過ごし、
6月18日にセルビア・ベオグラードでツアーをスタート。
しかし、ツアー 初日から、遅刻、泥酔、歌詞忘れ、マイクを落とす、ステージからすぐに引っ込んでしまうなど、
観客から大ブーイングを受ける(その後の公演は全てキャンセル)。
2011年7月23日:ロンドンの自宅で亡くなる(薬物の過剰摂取によるオーバードースの可能性)
2016年7月:死後、ドキュメンタリー映画『AMY エイミー』が公開
第88回アカデミー賞で長編ドキュメンタリー賞にノミネート、さらに世界の映画祭で10冠を獲得。
また、アカデミー賞を含む他7個の賞にノミネート
こんな成功と失敗の人生を駆け抜けたエイミーは、実はファン想いの優しい女性だった。
カムデン(ロンドン)の自宅の呼び鈴をファンが鳴らすと、
必ず外に出て来て、気さくにサインをしてくれる事で有名だったそうです。
「自分に才能があるのは分かっている。でも歌う為に(神様に)ここに置かれたわけではないの。妻とママになって、家族の面倒を見る為にここに置かれたの。自分のやっていることは大好き。でもここで始まって終わるわけではないのよ」:本人談
ライブハウス「新宿グラムシュタイン」 住所:東京都新宿区大久保 2-6-10 電話:03-6380-2517