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画像_新宿 ライブハウス DUG
2017/05/03

新宿(東京)のライブハウスと音楽の歴史 Pt.1

新宿(東京)のライブハウスと音楽の歴史 Pt.1

ライブハウス 新宿グラムシュタインのMazaharuです。

「新宿(東京)のライブハウスと音楽の歴史 Pt.1」と題し、
今回は1950~1960年代の新宿の音楽の歴史について書きます。
(この頃はまだ、いわゆるライブハウスはまだほとんどありません。)

 

■1950年代

・歌声喫茶
歌声喫茶は主にアコーディオン、バイオリン、ギターの生演奏に合わせて
客全員が歌うことを想定した喫茶店で、戦後、労働運動や学生運動の高まりと共に
人々の連帯感を生む歌声喫茶(うたごえきっさ)が台頭する。
新宿に今でもあるカチューシャや灯(ともしび)も含め、最盛期には全国で100軒以上の店があった。
看板的存在であるリーダーの中にはプロの歌手として
デビューした方もいた(ex.さとう宗幸、上条恒彦)。

・ロックの誕生
1955年にビル・ヘイリーと彼のコメッツが映画「暴力教室」のテーマ曲として
「ロック・アラウンド・ザ・クロック」を発表。
全米チャート連続8週ナンバーワンとなり、新しい音楽「ロック(ンロール)」の幕開けとなる。

 

画像_新宿 ライブハウス The-Beatles
■1960年代

・ザ・ビートルズ
1962年にビートルズがイギリスでデビュー。彼らが日本の音楽シーンに与えた影響は大きい。
1967年頃から流行するGS(グループ・サウンズ)はそれの最たる例である。
まだロックバンドが市民権を得ていなかった為、バンドマン=不良という認識が強かった。
1966年にビートルズが来日し武道館公演を行う(6/30~7/2)。
音楽ライブで武道館を利用するのは前代未聞だったこともあり、
来日と武道館公演に抗議する右翼団体の猛烈なバッシングがあり混乱となる。

・ジャズ喫茶、名曲喫茶
文学や絵画などの芸術と共にモダンジャズが流行し、それによりジャズ喫茶が台頭する。
ジャズ喫茶は主にジャズのSP・LPレコードをかけ、客は鑑賞を目的として来店する形の喫茶店。
昭和初期からあったが、戦争により消滅し、1950年代に再開、1960年代に隆盛を迎える。
当時の大卒初任給が1万5000円前後だったの対し、レコードは輸入盤LPが3000~3500円、
国内盤LPが2000円前後もする大変高価なものだったので、
若者たちが一杯100円程度のコーヒーで、より沢山のレコードに触れることができるジャズ喫茶へ
足を運ぶことになり、隆盛を極め、最高に刺激的な空間となった。

「風月堂」「DIG(ディグ)」「DUG」「PONY」「ヴィレッジ・ゲート」「タロー」「木馬」などが有名で、
今をときめく数々の文化人も通っていた。

特に新宿風月堂は文化拠点として1960年頃から1970年代前半の時代の象徴的な存在だった
(ex.滝口修造、白石かずこ、谷川俊太郎、寺山修司、三国連太郎、岸田今日子、天本英世等がリピート来店)

「新宿 PIT INN(ex.日野皓正や渡辺貞夫も出演)」はジャズ系ライブハウスとして今も新宿にある。

今では想像がつきにくいが、当時の新宿の喫茶店というは音楽の発信地として重要な存在だった。

・新宿ゴールデン街、新宿2丁目
この頃の新宿ゴールデン街、新宿2丁目は文化の発信地として機能しており、多くの若き芸能人や文化人の社交場となっていた。

1968年 ライブハウス 新宿ヘッドパワーがオープン

1969年 雑誌「ヤング・ギター」創刊。フォーク・ブームが起きる。

 

新宿のライブハウスが好き過ぎる!

 

ライブハウス「新宿グラムシュタイン」
住所:東京都新宿区大久保 2-6-10
電話:03-6380-2517

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