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2017/09/02

「写真家チェ・ゲバラが見た世界」へ行ってきました!

ライブハウス 新宿グラムシュタインのMazaharuです。

恵比寿ガーデンプレイスで行われた
「写真家チェ・ゲバラが見た世界」へ行ってきました!

http://che-guevara.jp/

チェ・ゲバラといえば新宿のライブハウスに行っても見かける

上段の顔のTシャツが有名ではないでしょうか。

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(中でも有名なのはレイジ・アゲインスト・ザ・マシーン(アメリカのロックバンド)のTシャツと思われます。また、余談ですが、故ジョン・レノンは「あの頃、世界で一番かっこいいのがチェだった」と語っています。)

チェ・ゲバラは政治家、革命家、キューバのゲリラ指導者とされています。
アルゼンチン生まれなのにキューバ革命に携わっているのがちょっと不思議ですね。

 

■1928年
アルゼンチン生まれ
幼少の頃は喘息の為、学校へは満足に通うことができませんでした。
自宅療養中に、教育熱心な母親のもと、家にあった3000冊の蔵書を読破し、
19歳の時にブエノスアイレス大学医学部に進学し
自分のように病気で苦しむ人を救おうと医者を目指すのですが
想像していたよりも、退屈だったと感じ(自分が目指す人生ではないと感じ?)、
憂さ晴らしに1951年にラテンアメリカを放浪(初回)。

50年代のラテンアメリカでは貧困の差が大きな社会問題になっていました。
ゲバラは貧困の差をなくす方法はないのかと模索し始めます。

 

■1953年
ラテンアメリカを放浪(2度目)
ボリビアで革命を目撃し胸を打たれます。
その後、グアテマラで農地改革を目撃。この改革により、貧しかった農民も利益が得られるようになりましたが、これを面白くないと感じた(大損害を被った)アメリカ合衆国(元は合衆国の大企業)が支える軍事攻撃が起こり、農地改革をしたアルベンス政権は国外に逃亡。外国人であり改革を支えたゲバラもやむなく逃亡。

 

■1954年
メキシコへ向かい、キューバからの亡命者達と出逢う。同じく亡命者フィデル・カストロと出逢い、情熱的に巨悪と立ち向かうカストロの生き方に感銘を受け、反独裁闘争に従軍医として同行することを承諾。

 

■1956年
密航船であるグランマ号(10人乗りのヨットに82人)でキューバに上陸。
25ヶ月間におよぶゲリラ戦に従軍。

 

■1959年
バティスタが国外逃亡しキューバ革命成立。

 

■1965年
国際的な革命闘争に参加するためキューバを離れる。
アフリカ各地を歴訪し、コンゴでは一時的に闘争に参加。

 

■1966年
コンゴ動乱から引き揚げる。

ラテンアメリカに戻り、変装してボリビアへ。

 

■1967年10月8日
ボリビアのバジェグランデ近郊のイゲラ村の近くで捕えられ、大統領レネ・バリエントス・オルトゥーニョの命令で10月9日に処刑(銃殺刑)された。39歳没。

 

■1997年
死後30年目、ボリビアで遺骨が発掘され、ハバナに移送された。

 

今年は没後50年とのことで振り返ると
チェ・ゲバラは、人生を通して
常に自分のことよりも他人の幸せのことを第一に考えて
生き急いだことが分かります。

キューバでは
チェ・ゲバラは今でも英雄として街の至るところに肖像画があるそうです。

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また、昨年逝去したカストロはチェ・ゲバラに対して有り余るほどの敬意を払っていました。

50年経ってもチェ・ゲバラが救世主として世界的に認識されているのは
彼を超えるような存在が未だに現れていないからかもしれません。

 

ライブハウス「新宿グラムシュタイン」
住所:東京都新宿区大久保 2-6-10
電話:03-6380-2517

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